「固定残業代を出しているから、毎月の残業代は一律で処理すれば大丈夫」——もしそんな運用をしていたら、少し注意が必要です。
実際の残業時間に対して、知らず知らずのうちに未払賃金が発生しているリスクがあるからです。
固定残業代をトラブルなく安全に運用するには、「契約書の記載」「実際の労働時間」「毎月の給与計算」の3つがぴったり合っていることが欠かせません。
「何時間分・何の対価として支払うのか」を明確にし、毎月の計算で足りない分があればしっかりと精算する。ここまでをセットで仕組み化しておくことが大切です。
1. 労働条件通知書等:固定残業代の「金額」と「対象」をあいまいにしない
固定残業代とは、あらかじめ一定時間分の残業代などを定額で支払う仕組みです。「みなし残業」と呼ばれることもありますが、実際の労働時間を一定とみなす制度とは性質が異なります。
まず確認したいのは、「基本給」と「固定残業代」がはっきり区別できているかという点です。単に「月給に残業代を含む」としか書かれていない状態だと、いくらが残業代なのか判別できないため不十分とみなされます。
求人票を出す段階から、以下のポイントを明記しておきましょう。
- 固定残業代を除いた「基本給」
- 固定残業代の「時間数」と「金額」(計算方法)
- 設定時間を超えた分は追加支給する内容を記載する
求人票の内容と、採用時に渡す労働条件通知書や雇用契約書、そして賃金規程の内容がズレていないかも要注意です。
また、その固定残業代が「通常の残業(法定時間外)」だけを指すのか、「休日労働」や「深夜労働」まで含んでいるのかも明確に揃えておきましょう。
対象を広めに書いてあるだけでは、適切に支払っている証明にはなりません。金額の内訳と計算根拠は、いつでも説明できる形にしておく必要があります。
実際にトラブルになった際には、固定残業代として認められるかどうかは契約書の文言だけでなく、従業員への説明状況や普段の勤務実態も含めて総合的に判断されます。厚生労働省の固定残業代に関するQ&A
2. 勤怠管理:勤怠はきちんと記録、時間の上限もしっかり管理する
固定残業代を導入していても、日々の始業・終業時刻や休憩時間の把握を省略することはできません。タイムカードやExcelの勤怠表・勤怠システムの記録をベースに、打刻漏れや実際の動きとのギャップがあれば、丁寧に勤務実態を確認しましょう。
特に避けたいのが、「固定残業代の時間数までしか残業申請を認めない」というような運用です。
これをしてしまうと正確な労働時間が残らなくなり、不足額の精算どころか、長時間労働の防止策すら打てなくなってしまいますので、労働時間の適正な把握に努めましょう。労働時間の適正な把握に関する労働局の案内
当然ながら、残業や休日労働を行わせるには原則として36協定の締結・届出が必要です。いくら固定残業代を設定していても、36協定の限度時間や法律の上限規制を超えて働かせてよい免罪符にはなりません。
また、忘れがちですが36協定届は毎年提出が必要となります。きちんと毎年提出しましょう。
3. 給与計算:「時間」だけでなく「金額」で差額を確認する
給与計算の現場では、実際の労働時間から法令通りに残業代を算出し、あらかじめ設定した固定残業代の金額と比較するプロセスが不可欠です。
給与計算で算出した額が固定残業代の金額を上回った場合は、その差額を追加で支払わなければなりません。
固定残業代を払っているからもう残業代計算をしなくて良い、というわけではない点に注意してください。
例えば、適切に区分された固定残業代が「月4万円」の設定で、その月の実際の残業代が「4万6,000円」になったとします。この場合、差額である「6,000円」を追加で支給することになります。(※これは説明用の簡略化した計算例です)
もし休日手当や深夜手当を固定額の中に含めていない契約であれば、それらは別に計算して支払う必要があります。
見落としがちなのが、賃金改定時に割増賃金も上昇しているにも関わらず、固定残業代をそのままにしてしまっているケースです。
毎年の給与改定時期や10月の最低賃金改定の際にこういったミスが発生しやすいのですが、
割増賃金の計算基礎となる単価が変わっていれば、時間数自体は設定内に収まっていても、金額ベースで不足が発生することがあります。
給与明細には「固定残業代」と「超えた分の追加支給額」を項目として分けて記載しておくと、従業員にとっても分かりやすく、社内でのチェックも格段にスムーズになります。

4. 割増賃金額:算出方法と計算に含む手当・含まない手当
先程述べた割増賃金の計算基礎の算出について詳しく見ていきましょう。
具体的に基本給30万、役職手当2万、家族手当1万、通勤手当1万が支給されている方に、月20時間の固定残業代を支給する際の計算例を一緒に見ていきましょう。
【計算内容】(月平均所定160時間と仮定)
(30万+2万)÷160時間=2000円‥割増単価
2000円✕20時間✕1.25=50,000円‥固定残業代
※家族手当、通勤手当は割増単価に含まない。
残業代の計算基礎になるのは基本給だけではありません。役職手当や職務手当なども含まれるのが原則です。
今回の計算例では家族手当と通勤手当を除外していますが、除外できる手当は法令で厳密に決まっているため、手当の「名前」だけで勝手に除外判断をしないよう注意しましょう。
また、月によって所定労働時間が変わる月給制の場合は、年間を通した「1か月平均の所定労働時間数」を使って計算します。この「1ヶ月の平均所定労働時間数」は企業の年間勤務カレンダーを使って算出します。厚生労働省「割増賃金の基礎となる賃金とは?」
併せて確認したいのが、最低賃金との関係です。固定残業代はあくまでも残業代です。
最低賃金をクリアしているかチェックする際に固定残業代は「対象賃金」からは除外して計算します。「月給の総額が高いから安心」と思い込まず、最低賃金改定の際に、手当の内訳を一度整理してみることをおすすめします。
昇給や手当の新設、所定労働時間の変更、そして毎年の最低賃金改定のタイミングを「設定見直し月」とあらかじめ決めておくと、確認漏れを防ぎやすくなります。
5. 給与締め日に確認しておきたいチェックリスト
担当者が変わっても同じ精度でチェックできるよう、毎月の給与計算フローに次の確認項目を組み込んでおきましょう。
- 打刻漏れや修正申請を確認し、実際の労働時間を確定させているか
- 「法定時間外」「法定休日」「深夜」を正しく分けて集計しているか
- 基本給・手当・所定労働時間の変更が、計算設定に反映されているか
- 固定残業代の対象範囲と対象外を整理し、必要額と支給額を正しく比較したか
- 不足額を追加支給し、計算根拠と明細内訳をデータに残しているか
- 36協定の上限時間や法律の上限に近づいている従業員はいないか
「誰がどこまで確認するのか」という役割分担を明確にしておくことも重要です。
例えば、給与担当者が金額の不足をチェックし、管理者が長時間労働へのアプローチを判断する、といった形です。締め日を待って集計するだけでは対応が後手に回ることもあるため、月の中旬などでもこまめに労働時間をモニタリングしておくと安心です。
よくある質問
Q. 固定残業代で設定した時間数までは、必ず残業させないとダメですか?
A. その必要はありません。あの時間はあくまで「定額を計算するための基準」であって、義務づけられた労働時間ではないからです。業務が終わっているなら、固定残業代を理由にダラダラ残業させるような運用は見直していきましょう。
Q. 残業が少なかった月は、固定残業代を削ってもいいですか?
A. 残業の有無にかかわらず定額を払う契約である以上、残業が少なかったという理由だけで減額することは原則できません。なお、欠勤や休職、月途中での入退社に伴う日割り計算などは別の議論になりますので、就業規則や契約内容をご確認ください。
Q. 契約書に「本人の同意」があれば、不足分の差額を払わなくても通りますか?
A. たとえ本人の同意があっても、法律に基づいて計算した割増賃金に届かない部分の支払い義務は消えません。「残業代はこれ以上払わない」といった当事者間の取り決めよりも法律が優先されますので、毎月しっかり計算して精算しましょう。
まずは契約書と直近の給与計算を並べてチェックしてみましょう
どこから手を付ければいいか迷ったら、まずは「労働条件通知書(雇用契約書)」「賃金規程」、そして「直近の勤怠データと給与明細」を並べて比較してみてください。
書面で決めたルールが、実際の給与計算に正しく反映されているかを確かめるのが最初の一歩です。
社会保険労務士事務所ウェルブルでは、固定残業代の算出や最低賃金のチェックや労務管理のご相談から給与計算の実務サポート、それ以外にも勤怠システムの導入・運用支援まで幅広く承っています。
「自社の固定残業代の運用、契約書の記載と実際の処理がズレていないか不安…」という方は、ぜひお気軽にお問い合わせページよりご相談ください。
